神戸恵みチャペル(教会)のホームページへようこそ。
神戸恵みチャペルは正統的なプロテスタントのキリスト教会で日本同盟基督教団に所属しています当教会は子どもから大人まで共に礼拝していますどなたでも礼拝に出席することができますのでご気軽にお越し下さい。
🚙 🚙 🚙 駐車場もございます。🚙  🚙 🚙

お知らせ

祈祷会と聖書を学ぶ会に関するお知らせ
祈祷会と聖書を学ぶ会を一緒に行っています。
実施日時は毎週水曜日 午前10:00~のみとなります。

☆今年も子供クリスマス会をします☆
 12月8日(日)14時~15時半

いつも来てくれているお友達、また初めてのお友達、
みんな大歓迎です(*^^*)
一緒に教会で、楽しいクリスマスを過ごしましょう~!
駐車場もありますので、お家の方もぜひお越しください。


グレースキッズ (アフタヌーン)のご案内
 毎月、第2、第4日曜日の午後2時~
  ☆楽しいゲーム・クイズ・歌を歌います。
  また、今はやりのゲーム(ニンテンドースイッチ)や色々なボード
  ゲームもあるヨ!
  待望の卓球台が来ました! みんなで卓球をしよう!
  卓球マシーンもあるよ
  くせになる楽しさです。

牧師からのコメント
「聖書に興味のある方は、是非、気軽にお越しください。
                   共に学んでまいりましょう。」

今週のメッセージ (No.148)  毎週更新

『どうして神様を信じるか?②:今御国を経験する』    ルカ17:20~37
 人間がこの自然界という領域の中で生きているように、もし超越的な存在である神がいれば、その神が属する神だけの領域があるだろうと、自然に推論することができます。神様の領域、つまり神様が治められる霊的な領域を「神の国」と言います。神の国・天国などは、すべて神様の領域という同じ対象を示す表現です。多くの人々は、神の国を主に、死と関連づけて考えます。聖書の教えによると、神様の子供は死後、すぐにキリストと共にいることになります。死んだ体はこの地上に残りますが、魂は父なる神様の家で、御父のそばにいる御子キリストとの交わりに参加することになります。これによって、生きている時に持ってきたキリストとの交わりは全く途切れることなく、死後も続きます。死後の人生では、もはや罪によって邪魔されることなく、キリストともっと深い交わりをするようになります。しかしそこは完成に至った神の国ではなく、中間段階の神の国です。亡くなった信者の魂は、キリストがこの地上に戻ってくる日まで、キリストとの交わりの中で、安息して待つのです。
それでは、神の国はいつ完成に至るのでしょうか。30節「人の子が現れる日にも、同じことが起こります。」イエス様は22節から37節にわたって、神の国が完成される時についておっしゃいました。その完成の時は、まさに父なる神様のそばに帰られたキリストがこの地に再び来られ、すべてを統治される、その日なのです。本文に描写されているように、その日に起こることはある人には恐怖となりますが、神様を信頼する者には喜びとなります。その日になると信者の死んだ体は、キリストの死んだ御体がよみがえられたように、再び命を得て、分離された体と霊が再び一つになります。そしてこの地上に完成される神の国で、永遠に神様と一緒に過ごすようになるのです。自分が迎える未来について、このような神の国のビジョンを抱いていると、自分が行くべき人生の目的地が何なのかを、認識して生きるようになります。どんな苦難の中でも希望を失わず、神様を信頼して生きるようになります。ですので未来に完成する神の国に対して信仰と希望を持って生きることは、とても大切なのです。しかし私達が神の国について考える時に、必ず注意しなければならないことがあります。それは神の国、天国は、死んでだけ行ける所だと考えてはいけないということです。あまりにも多くのクリスチャンが神様を信じる理由を、死後に地獄ではなく天国に入るためだと錯覚していて、周りの人々にもキリスト教をそのように紹介します。神様を信じる主な理由が、神様が自分の創造主であり、主であるからではなく、死後の自分の安全と繁栄になるなら、結局死んだ後、天国に入るチケットを手に入れるための、最小限の努力だけを投資して、あとは自分の欲望のまま生きようとする危険な信仰生活を送ることになるのです。果して神の国は、死んでからだけ行く所でしょうか?イエス様は答えられました。20~21節。パリサイ人たちが、神の国はいつ来るのかと尋ねたとき、イエスは彼らに答えられた。「神の国は、目に見える形で来るものではありません。『見よ、ここだ』とか、『あそこだ』とか言えるようなものではありません。見なさい。神の国はあなたがたのただ中にあるのです。」
イエス様は神の国が目に見えず、どこにあるかと説明することもできないとおっしゃいました。なぜなら、神の国は宇宙の中にある物理的な空間ではなく、この世界を覆っている見えない神様の領域だからです。そしてイエス様は、「神の国はいつ来るのか」という質問に、「あなたがたが死んだ後」と答えられたのではなく、「神の国はすでにあなたがたのただ中にある」とおっしゃいました。「あなたがたのただ中にある」というのは、どういう意味でしょうか? この質問をしたパリサイ人のただ中に、誰がいましたか? イエス様です。イエス様は、この地に来られたイエス様ご自身の中で、神の国はすでに始まったとおっしゃったのです。神の国は遠い未来ではなく、今この瞬間、私達のただ中にいるイエスキリストの中で存在しています。それで私達がイエス様を通じて神様につながる時、私達は神の国を自分が生きている今この瞬間にも、経験することができるのです。まだ完成されていませんが、既に始まっている神の国の欠片一つ一つを私達が味わいながら、神の国の市民として生きていくことができるのです。
福音書の中で、イエス様が一番強調して教えられたのは神の国であり、その中でも死後に行く神の国より、今ここで経験する神の国に焦点を当てました。このような意味で、私の尊敬する韓国のある牧師はこう言いました。「量的にだけ成長している現在の多くの教会が、質的にも成長できる道は、天国に行くために信じるのではなく、 信じて天国を見ることに順序を変えることにあります。」私もこの言葉に同意します。イエス様は死んでからではなく、今ここで神様の子供らしい姿で天国を生きなさい、経験しなさいと教えて下さいました。私達が今の御国に忠実に生きれば、未来に完成される御国は、自然に私達に臨むのです。神の国は、その御国の王であるイエスキリストが始められ、イエスキリストによって完成される御国です。神の国を生きるためには、まず王であるイエスキリストが私達を治められる権利を認めなければならないのです。私達人間は本能的に神様の御心より、自分の安全と繁栄への欲望を優先する存在です。私達の罪のために死んで下さったイエスキリストの恵みが私達の心を開かない限り、私達は絶対に自我という自分の狭い枠から抜け出して、自分という存在を造られ、自分の人生を導こうとされる神様に繋がることはできないのです。自ら自分自身を導くことができない自分の無能さを認め、救い主であるイエス様を通じて、神様に自分の全てを委ねることこそ、今ここで天国を経験する道なのです。今ここで神の国を経験する中で、自分に与えられた今の人生が、神様からの貴重な贈り物であることを悟り、感謝と喜びの心で生きる私達皆になることを、王の王、イエスキリストの御名で祝福します。

新着情報

2019/12/2
  クリスマスの案内をアップ致しました。
2019/12/1
  今週のメッセージNo.148を更新しました
2019/11/27
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2019/11/20
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