神戸恵みチャペル(教会)のホームページへようこそ。
神戸恵みチャペルは正統的なプロテスタントのキリスト教会で日本同盟基督教団に所属しています当教会は子どもから大人まで共に礼拝していますどなたでも礼拝に出席することができますのでご気軽にお越し下さい。
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お知らせ

祈祷会と聖書を学ぶ会に関するお知らせ
祈祷会と聖書を学ぶ会を一緒に行っています。
実施日時は毎週水曜日 午前10:00~のみとなります。

グレースキッズ (アフタヌーン)のご案内
 毎月、第2、第4日曜日の午後2時~
  ☆楽しいゲーム・クイズ・歌を歌います。
  また、今はやりのゲーム(ニンテンドースイッチ)や色々なボード
  ゲームもあるヨ!
  待望の卓球台が来ました! みんなで卓球をしよう!
  卓球マシーンもあるよ
  くせになる楽しさです。

牧師からのコメント
「聖書に興味のある方は、是非、気軽にお越しください。
                   共に学んでまいりましょう。」

今週のメッセージ (No.146)  毎週更新

『使徒信条⑤:イエスキリストの御霊による新しい創造』   ルカ1:26~38
イエス様がなさったすべての中で、聖霊様と離れて単独で起きたことは、一つもありません。イエス様の受肉、この地で過ごされた33年の生涯、十字架での死、復活、昇天、再臨など全ては、聖霊様との深い協力の中で起きたのでした。この聖書本文は、イエス様の受肉に関する、聖霊様の働きに注目します。天使ガブリエルは、マリアの前に現れ、イエス様の誕生についてこう述べました。35節『御使いは彼女に答えた。「聖霊があなたの上に臨み、いと高き方の力があなたをおおいます。それゆえ、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれます。」』ルカ1:35は、創世記1:2と関連があります。「地は茫漠として何もなく、闇が大水の面の上にあり、神の霊がその水の面を動いていた。」創造が始まる前、生命が生まれることのない混沌と暗黒の上に、神様の霊、すなわち聖霊が動いていました。そして聖霊の力によって、何もない無から、有の世界が創造されました。同じように、処女だったマリアの体も、生命が生まれる可能性のない無の状態でした。しかしその上に聖霊が臨み、マリアの全てを包み込みました。神様の天地創造のように、聖霊の力によって、イエス様が着られる人間の肉体と魂が、マリアの体の中に、生まれたのです。
また創世記1章とルカ1章の共通点が、もう一つあります。神様は、ご自分が造られた世界をご覧になり、「良かった」と言われました。聖霊の臨在の中で行われた天地創造は、罪の影響が全くなかった、神様の完全で美しい作品であったのです。同様に、聖霊はマリアに臨まれ、聖霊の力が彼女の全体を包み込みました。そして創世記1章の被造世界が、罪がなかった神様の完全な作品だったように、マリアの中で働かれた聖霊によって、イエス様は罪が全くない完全な人間になられました。完全な神様であるイエス様が、私達のような人間になられましたが、罪の本性を持って生まれた私達とは違い、罪のない聖なる人間になられた受肉の出来事は、聖霊の完全な作品であったのです。このように聖霊は聖なる命を創造する、力の源です。聖霊は、最初の人アダムが誕生した時のように、最後のアダムであるイエス様の誕生を助けられました。そしてイエス様は、最初の人アダム引き起こした、すべての罪の問題から、ご自分の子供を救われました。そして最後のアダムは、最初の人アダムと違って、ご自分の中に聖霊を持っているだけでなく、ご自分を信じるすべての人に、聖霊を送られます。
これを表す例が、イエス様を妊娠していたマリアが、バプテスマのヨハネを妊娠していたエリサベツに出会ったときの話です。ルカ1:41「エリサベツがマリアのあいさつを聞いたとき、子が胎内で躍り、エリサベツは聖霊に満たされた。」イエス様は、マリアの子宮の中にいた時から、すでに聖霊を持っておられました。そしてバプテスマのヨハネは、自分の主であるイエス様に、踊って喜びの反応を見せました。そして聖霊が、バプテスマのヨハネの母である、エリサベツを満たしました。これは、イエス様がご自分の道を予備するバプテスマのヨハネに、聖霊を送られた証拠だということです。使徒2章によると、五旬節の日に、イエス様の弟子達に臨んだことも、神様が送られた聖霊でした。今日もイエス様は、ご自分を信じるすべての人々に、聖霊を送られます。そして、聖霊をして、ご自分の子供達と、いつも一緒におられます。今日イエス様への信仰を持って、ここで礼拝をする私達皆は、イエス様が送って下さった聖霊を受けた者なのです。イエス様が送られた聖霊によって、神様の子供として、イエス様の弟子として、新しく創造された存在が、まさに私達だということです。
聖霊は、私達が罪の欲望を拒否し、神様の御心を優先して生きるように助けられます。罪の欲望は、私達の人生の中で様々な形で現れますが、今日の本文が警告する罪は、神様の能力を勝手に判断し、自分の安全のために、現実的に危険に思える使命を、避けることです。自分がマリアになったと仮定して、マリアの立場で一緒に考えてみましょう。当時のユダヤ人社会では、結婚前に妊娠したり、浮気をした女性は、石を投げて殺される残酷な処罰を受けたり、離婚させられたりするのが一般的でした。そしてこれは自分のみならず、自分の家族皆がもうその村に住めないほどの、大きな恥だったのです。このような危険極まりない使命で、自分が神様に呼ばれたということでした。御使いがイエス様を生む使命に関して、残した最後の言葉は、「神にとって不可能なことは何もありません。」です。聖霊は、私達が何より神様の能力を信頼して、神様の御心に従順するように励まします。神様の御心は、私達が神様を愛して、人を愛することです。イエス様が送られる聖霊は、私達を神様と人を愛する多くの状況に、さらされます。しかし私達の持つ罪の欲望は、その使命が自分には現実的に、無理だと思わせます。新しい使命へと呼んで下さった神様の御心より、自分なりの合理的な判断を優先し、あまりにも多くの愛のチャンスを逃してしまうようにします。自分の足りなさを理由にして、与えられた使命を断るのは、謙遜ではなく、足りない自分を綴る神様の能力を信頼しない傲慢であり、自分の安全への執着なのです。そして、聖霊の引渡しへの断固とした拒絶であるのです。
マリアは、自分に与えられた重大な使命に、こう答えました。38節『マリアは言った。「ご覧ください。私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおり、この身になりますように。」』神様には不可能がないという、マリアの信仰と従順の中で、聖霊が臨まれ、聖霊の働きによって、御子イエス様は罪のない完全な人間としてお生まれになりました。聖霊は、不可能を可能にする神様に、自分を任せる人々を通して、驚くべきご計画を成就してくださるのです。「主は、聖霊によりてやどり」という使徒信条の文章は、イエス様は聖霊を持った存在として、人間の身をまとって真なる救い主となり、イエス様を信じる私達も聖霊を持ち、聖霊の導きに従うことができる存在として、新しく生まれ変わらせて下さった、という信仰告白です。聖霊は私達に、神様と人を愛する使命へと招かれ、私達の信仰と従順の中で、働かれます。神様には、不可能がありません。罪の欲望が与える恐怖から脱して、聖霊の導きに、私達自身を委ねましょう。

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2019/11/20
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2019/11/11
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