神戸恵みチャペル(教会)のホームページへようこそ。
神戸恵みチャペルは正統的なプロテスタントのキリスト教会で日本同盟基督教団に所属しています当教会は子どもから大人まで共に礼拝していますどなたでも礼拝に出席することができますのでご気軽にお越し下さい。
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お知らせ

祈祷会と聖書を学ぶ会に関するお知らせ
祈祷会と聖書を学ぶ会を一緒に行っています。
実施日時は毎週水曜日 午前10:00~のみとなります。

グレースキッズ (アフタヌーン)のご案内
 毎月、第2、第4日曜日の午後2時~
  ☆楽しいゲーム・クイズ・歌を歌います。
  また、今はやりのゲーム(ニンテンドースイッチ)や色々なボード
  ゲームもあるヨ!
  待望の卓球台が来ました! みんなで卓球をしよう!
  卓球マシーンもあるよ
  くせになる楽しさです。

牧師からのコメント
「聖書に興味のある方は、是非、気軽にお越しください。共に学んでまいりましょう。」

今週のメッセージ (No.125)  毎週更新

『主の祈り⑦:食べさせてくださる神様』     マタイ6:9~13
 主の祈りの6つの願いのうち、後半の3つの願い、つまり祈る人自身の願いについて学びます。その中の一つ目の願い「私達の日ごとの糧を、今日もお与えください。」を見てみましょう。「日ごと」と翻訳されたギリシャ語は、今日あるいは明日まで、食べる糧を指します。多く積み、長期間食べる豊かな糧ではなく、生きるための基本的な量の糧を、求めなさいという意味です。豊かに暮らしている私達が、日ごとの糧について祈らなければならない理由は、何でしょうか?私達が日ごとの糧について祈るのは、その糧を神様が与えられることを認め、告白することです。私達は、数日間食べられる量の食べ物がありますが、そのすべては、根本的な意味で、私達自らの力で得た当然の結果ではなく、神様が私達に下さったプレゼントなのです。「私達の日ごとの糧を、今日もお与えください。」という祈りは、人生の主人が自分ではなく神様であり、人生の中で自分が経験するすべての事が、神様の主権の下にあることを認める祈りです。そして、その神様の主権に、自分のすべてを委ねるお祈りなのです。
「私達の日ごとの糧を、今日もお与えください。」という願いについて、もう一つ注目すべきことは、イエス様は「私の日ごとの糧」ではなく、「私達の日ごとの糧」のために祈られたということです。神様はご自分が造られた、すべての人間を愛しておられる父です。ですから、その御父の御心に沿って、私達は「私だけの日ごとの糧」ではなく、「私達の日ごとの糧」のために、祈らなけらばなりません。人間が持っている利己的な罪の性質により、豊かな人々の所有は、急激に増加していきますが、貧しい人々の所有は、日ごとの糧さえ脅かされます。私達みなの日ごとの糧への、根本的な希望は、あらゆる被造物を保存して、罪から救われる神様であることを告白する祈りなのです。同時に、日ごとの糧について悩む隣人が他人ではなく、私達の兄弟姉妹であることを覚える祈りです。このような"私達"という認識は、祈る人自身の良心をとても苦しめます。貧しい隣人を思い、自分の生活全体を点検するようにし、また節制するように促す、苦しい祈りなのです。神様から与えられた自分の糧を、憐みの心で、難しい隣人と分かち合うように促す、危険な祈りなのです。しかし「私達の日ごとの糧を、今日もお与えください。」という祈りに忠実に取り組む中で、私達はすべての子供に日ごとの糧を与えることを願われる、神様の御心を、より深く体験するようになります。自分の今の状況を、神様に心から感謝できるようになります。日ごとの糧さえない人々を、憐みを持って思う、心の余裕ができるのです。
最後に、「私達の日ごとの糧を、今日もお与えください。」という祈りの中で、私達は自分が肉体の糧だけではなく霊的な糧も、必要な存在であることを覚えておいてください。肉と霊で造られた私達人間は、生きるために食べ物と一緒に、神様の御言葉を食べなければなりません。人間の多くの問題は、魂の飢えを無視し、肉体の飢えだけに集中することに起因します。高級な食べ物で自分のお腹を満たしても、決して満たされない心の空間があるのです。その空虚さと不安、寂しさが耐えられないほどに、私達自身を圧倒します。口にするものでは決して満たされない霊的な飢えが、その原因です。ただ神様の御言葉だけで私達の魂が力を得て、生きて行くことができます。神様の御言葉は、イエス·キリストの中に鮮明に現われました。ことばが人となって、私達のそばに来られた方がイエス·キリストです。イエス様は、ご自分が命のパンであることを、教えられました。命のパンを食べることは、イエス様を自分の救い主として信頼し、イエス様の御教えを学び、イエス様と一緒に人生の道を歩むことです。「私達の日ごとの糧を、今日もお与えください。」という願いは、ただイエス様を通してのみ、自分の魂の飢えと渇きが満たされ、ただイエス様を通してのみ、自分が生きられることを宣言する、信仰告白の祈りなのです。イエス様は、私達に日ごとの命のパンを求めなさいと命じられました。私達は、決してイエス様の恵みを、自分の魂に何日も備蓄しておき、独立的に生きる存在ではなく、毎日毎瞬間、イエス様の恵みに頼って生きる存在なのです。「私達の日ごとの糧を、今日もお与えください。」と祈り、一日一日、私達の体と魂に、命の栄養分を供給してくださる天の父と、イエス・キリストの恵みに注目しましょう。私達が当たり前のように、ここにいたのが奇跡になり、無感覚だった私達の魂に真の感謝が溢れるのです。

新着情報

2019/5/19
  今週のメッセージNo.125を更新しました
2019/5/12
  今週のメッセージNo.124を更新しました
2019/4/29
  今週のメッセージNo.123を更新しました
2019/4/21
  今週のメッセージNo.122を更新しました
2019/4/14
  今週のメッセージNo.121を更新しました
2019/4/8
  イースターフェスティバルの情報を更新しました